はじめに(結論)
数日、ブログを書きませんでした。
正確に言うと、ブログの存在ごと脳から消えていました。サボったというより、他のことに過集中していて、気づいたら数日経っていた、というのが近いです。
そして戻ってこられた今、僕の中にあるのは罪悪感ではなく、安堵です。「また始められた」というシンプルな安堵。これってADHD気質と付き合っていく上で、けっこう重要な感覚かもしれない、と思って書き始めました。
| この記事で書くこと | 内容 |
|---|---|
| 数日ブログを忘れていた話 | 過集中で他のことに脳が乗っ取られていた |
| サボりと過集中の違い | 同じ「やらなかった」でも中身がまったく違う |
| 戻ってこられた時の感情 | 罪悪感じゃなく安堵だった理由 |
| ADHD気質の継続戦略 | 「毎日」を捨てて「戻れること」を取る |
毎日コツコツが正解だと、ずっと思っていました。でも僕の脳はそういう作りじゃないらしい、という話を、同じ気質の同志に向けて書いていきます。
数日、ブログの存在ごと忘れていた
最後に記事を書いた日からの数日間、何をしていたかというと、まったく別のことに過集中していました。
具体的に何かは伏せますが、頭の中の容量がそれで埋まっていて、ブログのことを思い出す隙間がなかった、という感覚です。「今日は書かないでおこう」と判断したわけじゃない。判断する以前に、選択肢としてブログが浮上してこなかった。
ADHD気質の過集中って、外から見ると「集中力すごいですね」と褒められたりするんですが、当事者からすると選択肢が一個しか見えなくなる現象に近いです。今やってることだけが世界のすべてになって、それ以外の予定や約束や習慣が、まるっと視界から消える。
これが厄介なのは、本人に悪気がないことです。意志が弱いから書かなかったんじゃなくて、書くという選択肢自体が脳のレーダーに映っていなかった。気づいた時には数日経っていて、「あ、ブログ」となる。
過集中は集中力の長所じゃなくて、視野が狭くなる症状でもある。
これに何度も振り回されてきました。仕事で過集中している時は副業を忘れ、副業で過集中している時は家のことを忘れる。意識的にやってるんじゃなくて、勝手にそうなる。
サボりと過集中は紙一重
「数日ブログを書かなかった」という事実だけ見ると、サボりも過集中による忘却も同じです。アウトプットがゼロという結果は変わらない。
でも中身を分解してみると、けっこう違います。
| 一般的なサボり | ADHD気質の過集中による忘却 |
|---|---|
| やるべきことを認識している | やるべきことが視界から消える |
| 「面倒だな」と判断している | 判断以前に選択肢に上がらない |
| 罪悪感を伴いやすい | 気づいた時に「あ」となる感覚 |
| 意志の問題として責められやすい | 説明しても理解されにくい |
| 再開のハードルは「やる気」 | 再開のハードルは「思い出すこと」 |
ここで大事だと思うのは、どっちがマシとか言いたいんじゃないということです。過集中による忘却を「サボりじゃないから許されるべき」と主張したいわけじゃない。
そうじゃなくて、自分の中で起きてる現象を正しく分類しておかないと、対策がまるごとズレるという話です。
サボりへの対策は「やる気を出す」「自分を律する」あたりになります。でも過集中による忘却は、やる気の問題じゃないので、いくら自分を律してもダメです。必要なのは「思い出す仕組み」とか「戻ってこられる導線」とか、まったく別の方向の対策になる。
僕は長いこと、この分類を間違えていました。過集中で忘れていたのを「自分はサボり癖がある」と解釈して、自分を責めて、やる気で乗り切ろうとして、結局また同じことを繰り返す。完全に対策がズレていたわけです。
戻ってこられた今、安堵している
数日空けて戻ってきた今、僕の中にあるのは、意外なくらい平気な感情でした。
「あ、戻ってこられた」という安堵。それと「またこのペースで続ければいい」というシンプルな再開意識。
たぶん30代前半までの僕なら、ここで自己嫌悪のループに入っていました。「やっぱり続かない」「自分はダメだ」「もう向いてないんじゃないか」。一度落ちると、戻るまでに数週間かかる。最悪の場合、そのままフェードアウトする。
それが今回は、ほぼ無風で戻れた。これがなぜなのか、自分なりに考えてみたんですが、たぶん「毎日書くこと」を目標にしていなかったからだと思います。
このブログを始める時、僕は最初から「毎日更新」を目標に置きませんでした。ADHD気質で毎日続けられた試しがないことを、自分が一番よく知っていたので。代わりに置いたのは「気が向いた時に戻ってこられる場所として運営する」というゆるい設計でした。
| ハードル設定 | 数日空けた時に起きること |
|---|---|
| 毎日継続が目標 | 1日空けた時点で「失敗」になる |
| 戻れることが目標 | 数日空けても「予定通り」 |
毎日継続を目標にした瞬間、1日空けたら失敗です。そして失敗が積み重なると、再開がどんどん重くなる。「もう連続記録は途切れたし」という言い訳が脳内に湧いてくる。これはADHD気質の脳と、致命的に相性が悪い仕組みです。
戻ることを目標にしていれば、数日空けても何も失敗していない。むしろ「戻ってこられた=予定通り」になる。
ADHD気質の継続戦略は「毎日」じゃない
これは僕個人の体感なので、同じ気質の同志でも合う合わないがあると思います。前提として読んでください。
僕にとっての継続戦略は、毎日コツコツじゃなく、波乗り型に近いです。
| 毎日継続型 | 波乗り継続型(僕の場合) |
|---|---|
| 同じ量を毎日積む | 書ける日に書けるだけ書く |
| 1日休んだら失敗 | 数日休んでも「波待ち」 |
| 意志と習慣で支える | 興味と過集中の波に乗る |
| 安定はするが爆発力は弱い | 不安定だが時々ハネる |
過集中が他に向いている時期は、ブログのことは一旦置いておく。過集中がブログに戻ってきた時に、まとめて書く。これは外から見ると不安定でムラがあるように見えるんですが、ADHD気質の脳の使い方としては、たぶんこっちが自然です。
無理に毎日書こうとすると、書けなかった日の罪悪感で、本来書けたはずの日まで潰れます。だったら最初から「書ける日に書く」と決めておいたほうが、トータルの執筆量は増える。これは僕が10年以上、いろんな副業や趣味を続けたり辞めたりしてきた末の、暫定的な結論です。
もうひとつ大事なのが、戻ってこられる導線を作っておくこと。
僕の場合は、このブログのトップページを定期的に見るとか、メモアプリにネタを書き溜めておくとか、Claudeとのチャット履歴を残しておくとか。完全に忘れ切らないための、ゆるい鎖を何本か張っておく。
そうすると、過集中の波が引いた時に、「あ、ブログがあった」と思い出せる。思い出せれば戻れる。戻れれば続いている、ということになる。
まとめ
数日サボったように見えて、実は過集中による忘却だった、という話を書いてきました。学びを並べておきます。
- ADHD気質の「やらなかった」は、サボりじゃなく過集中の副作用のことがある
- サボりと過集中による忘却は、必要な対策がまったく違う
- 「毎日継続」を目標にすると、1日空けた瞬間に失敗判定になる
- 「戻ってこられること」を目標にすると、数日空けても予定通りになる
- 僕にとっての継続は、毎日コツコツじゃなく波乗り型に近い
- 戻ってこられる導線(メモ、Claude履歴、トップページ巡回)を張っておく
これが正解だと言いたいわけじゃありません。同じADHD気質の同志でも、毎日コツコツが合う人もいると思います。ただ、僕は合わなかったし、合わない自分を責めてきた時間が長すぎた、というだけの話です。
同志に伝えたいこと
数日サボった自分を責めている同志がいたら、ちょっとだけ立ち止まって、自分の脳の中で何が起きていたか分解してみてほしいです。
それは本当にサボりだったのか。それとも、他のことに過集中していて、選択肢から消えていただけなのか。
もし後者なら、必要なのは「やる気を出す」じゃありません。戻ってこられる導線を一本張っておくことです。完全に忘れ切らないための、ゆるい鎖。
そして戻ってこられた時には、自分を責めるんじゃなくて、安堵していい。「また始められた」で十分です。連続記録は途切れていません。なぜなら、最初から連続を目標にしていないから。
僕はこのペースで、このブログを続けていこうと思います。書ける日に、書けるだけ。過集中が他に向いている時期は、無理に引き戻さない。戻ってこられる導線だけ、ちゃんと張っておく。
それが、ADHD気質の僕にとっての、たぶん一番現実的な継続戦略です。
それでは、また次の記事で。
ADHD MAN


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