はじめに(結論)
1週間ブログを放置していました。久しぶりに開いて検索流入の数字を見たら、クリック数は「1」。普通なら凹むところですが、僕の感情は「無」でした。
この記事は、その「無」の正体と、低すぎる数字とどう折り合いをつけているかの話です。数字に一喜一憂しない、というより「できない」僕の、リアルな現在地の報告だと思ってください。
立ち上げからの流れはブログを始めた経緯の記事でも書いていますが、今回はその続き、11記事を超えたあたりの「中だるみ期」のスナップショットです。
| この記事で書くこと | ひとことで言うと |
|---|---|
| 放置の理由 | ADHD気質、悪気なく1週間飛んだ |
| 戻ってきたきっかけ | 友達に自慢したら、自分が書いてないことに気づいた |
| 検索流入の実数字 | クリック1、表示9。素直に公開します |
| 数字を見た感情 | 凹みもせず、喜びもせず、ただ「無」 |
| これからどうするか | 考えるのをやめて、Claudeと積むことにした |
1週間、悪気なく飛んでいた
まず白状すると、サボろうと思ってサボったわけではないんです。
ADHD気質の僕にとって、これはあるあるなんですが、「やらないぞ」と決意して放置するのではなく、意識の外に項目ごと消えるんですよね。ブログという存在が、頭の中のタスク一覧から静かにフェードアウトしていく。
罪悪感すら湧かない。なぜなら、忘れているから。
仕事や日常の別のことに意識が持っていかれると、優先度の低いものは存在ごと記憶から抜け落ちます。これを「意志が弱い」と片付けられがちですが、僕の感覚では意志の問題ではなく、注意の在庫が有限で、勝手に再配分されてしまうという方が近いです。
このブログの運用方針を「書ける日に書けるだけ」にしているのも、まさにこれが理由です。毎日更新をノルマにした瞬間、達成できない日が「失敗」として積み上がって、いずれ全部投げ出すのが目に見えているので。
続かないシステムは、最初から設計が間違っている。続けられる前提で組む。
戻ってきたきっかけが、わりと情けない
で、どうして1週間ぶりに戻ってきたか。
昨日、友達に「実は俺、ブログやってるんだよ」とこのサイトを見せたんです。Claudeと一緒に書いた文章のクオリティを、ちょっと自慢したくて。
「AIと組むとここまで書けるんだぜ」みたいな顔をしながらサイトを開いて——そこで気づきました。
そういえば、最近書いてないな、と。
人に見せるために自分のサイトを開くという、本来の運用とはまったく関係ない動機で、僕は1週間ぶりにダッシュボードを開いたわけです。我ながら情けないですが、これも正直に書いておきます。きっかけなんて、案外こんなものなのかもしれません。
| よくある「再開のきっかけ」 | 僕の実際のきっかけ |
|---|---|
| 強い目標意識 | なし |
| 収益への焦り | なし |
| 計画的なスケジュール復帰 | なし |
| 友達に自慢しようとして偶然開いた | これ |
検索流入「クリック1」を、素直に公開します
ダッシュボードを開いたついでに、Search Consoleの数字を見ました。過去3ヶ月の検索パフォーマンスはこうです。
| 指標 | 数値(過去2週間) |
|---|---|
| 合計クリック数 | 1 |
| 合計表示回数 | 9 |
| 平均CTR | 11.1% |
| 平均掲載順位 | 10.4位 |
検索からこのブログにたどり着いた人、2週間で1人です。表示すらされたのが9回。
数字だけ見ると、控えめに言って惨敗です。多くのブログ運営記事なら「ここから改善して〇〇PV達成!」みたいな逆転劇のフリになるところですが、僕にはまだその続きがありません。今はただ、これが現在地です。
ただ、冷静に見ると悲観する数字でもないんですよね。平均掲載順位が10位台に出ているということは、少なくとも低品質サイトとして弾かれてはいない。記事数も運用期間も、検索エンジンに本格評価されるにはまだ全然足りていない。要するに「種まきが終わってもいない段階」というだけの話です。
数字を見たときの感情が「無」だった
ここが今日いちばん書きたかったところです。
クリック1という数字を見て、僕の中に湧いた感情は——無でした。
凹みもしない。怒りもない。かといって「これからだ!」という前向きな高揚もない。本当に、ただ、無。
これは自分でも少し意外でした。半年前の僕だったら、たぶん凹んでいたと思います。前にやっていた別のブログでは、数字が伸びないことに一喜一憂して、それ自体に疲れて辞めた経験があるので。
なぜ今回は無だったのか。考えてみると、このブログに対して「数字で一発当てる」期待を最初からかけていないからだと思います。
ここは、ADHD気質の自分が日々考えていることや、AIとの付き合い方を、同じ気質の同志に向けて置いておく場所。バズらせる前提で作っていない。だから数字が低くても、期待と現実のギャップが生まれず、感情が動かない。
期待していないものに、人は傷つかない。無は、ある種の防御でもある。
もちろん、収益化はしたいです。AdSenseも狙っています。でも、それは「結果としてついてきたら嬉しい」くらいの距離感で置いていて、書くこと自体が数字に支配されないようにしている。この期待値のコントロールが、僕みたいに気分の波が大きいタイプには、たぶん一番効く防御策なんだと思います。
これからどうするか、考えるのをやめた
じゃあこの数字を見て、戦略をどう立て直すか。
正直に言うと、考えるのをやめました。
いや、投げ出したという意味ではないんです。そうではなくて、「今この瞬間、SEOがどうとか流入経路がどうとか、細かい戦略を一人でこねくり回しても、たぶん意味がない」と判断した、という意味です。
今のフェーズで効くのは、緻密な分析ではなく、単純に記事の本数を積むこと。これは前に整理した方針で、AdSense申請の目安としている15記事まで、まずは淡々と書く。それだけです。
そして、その「淡々と書く」を一人でやろうとすると、僕は確実にまた1週間飛びます。なので戦略の舵取りは、いつも書いているパートナーのClaudeに半分預けることにしました。テーマ選びも、構成も、「次はこれを書こう」の提案も。僕は素材を出す人、Claudeは整える人。この分担なら、僕の注意の在庫が切れても止まりにくい。
数字を見て立てた結論が「自分で抱え込むのをやめる」だというのは、戦略っぽくないかもしれません。でも、続かない完璧な計画より、続く雑な仕組みのほうが、僕には何倍も価値があります。
まとめ
今日の現在地を箇条書きで残しておきます。
- 1週間放置した。意志ではなく、意識から消えていた
- 戻ってきたきっかけは「友達に自慢しようとして偶然開いた」
- 検索流入はクリック1、表示9。素直に公開した
- 数字を見た感情は「無」だった。期待していないから傷つかない
- 戦略を一人でこねるのをやめ、15記事まで淡々と積むことにした
- 舵取りはClaudeに半分預ける。続く仕組みを優先する
同志に伝えたいこと
もし今、あなたのブログやプロジェクトの数字が悲しいくらい低くて、でも不思議と凹んでもいない——そんな状態だったら、それはサボりでも諦めでもないと思います。
期待値をうまく逃がしながら、それでもまだ場所を畳んでいない。それって、僕らみたいに気分の波が大きいタイプにとっては、けっこう上等な続け方なんじゃないでしょうか。
数字が1でも、無のまま、また開けばいい。今日の僕がそうだったように。
それでは、また次の記事で。
ADHD MAN


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